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2011年9月30日

2年たちました

久々にチャイ写真登場〜。
これは2004年1月の写真だから、チャイが7歳になったばかりの頃。
今日9月30日、チャイの命日を迎えました。あれからもう2年たっちゃったなんて信じられないなぁ。
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去年の9月30日の記事を読み返してみて、今年はずいぶん穏やかにこの日を迎えられたな、と思いました。
それでも9月25日の心筋症の発作を起こした時間からお別れの時間まで、今年もあれこれ2年前のことを考えたけれど、「チャイって本当に最高のパートナーだったなぁ」と。
お別れした当時は、「チャイちゃんはいつでもそばにいるよ」って言葉が正直理解できなくて辛かったけれど、チャイのことを考える時、これからもずーっとチャイはワタシと一緒にいるんだな、とようやく感じられるようにもなりました。
今年も前日に近所のお花屋さんでお花を買って、チャイのことをいっぱい考えて過ごした命日でした。

チャイ、カアチャンはもう大丈夫だよ。
セナのこともよろしくね。

2010年10月22日

ペットロスにお勧め本

今日Amazonで予約していた「またね、富士丸。」が届いた。
今か今かと待っていた本。

一気に読んじゃった。
1ページ目から最後まで号泣(^^;

富士丸くんは、「富士丸な日々」に登場し、"日本一有名なブログ犬"と言われていたコ。ハスキーとコリーのミックスで、ものすごく表情豊かで、大型犬大好きなワタシは富士丸くんを見ていっぺんにファンになってしまった。
でも、残念ながらワタシが富士丸くんを知ったのは、彼が亡くなったあとだった。

時々覗いていた犬関係ブログに「富士丸くんが10月1日に亡くなったそうです」とあった。
チャイが旅立った次の日に旅立ってしまったコ。
気になってブログを覗いてそこで初めて富士丸くんに出会った。
そして、そこには富士丸くんの父ちゃんである穴澤賢さんの、苦しみの中からまさに絞り出したような"富士丸の死"の報告があった。
「富士丸を死なせてしまいました」とあった(今はこの報告記事は載っていないみたいだけど...)。
富士丸くんはたった5時間父ちゃんが家を留守にしている間に旅立ってしまった。それまで全然元気だったのに...。
どうしようもなかったことは誰にでもわかる。でも「死なせてしまった」という言葉が、ものすごくワタシに突き刺さった。
富士丸くんの死を知ったのは、チャイが死んでまだ10日も立っていない時だったから。

1日違いで旅立っていったチャイと富士丸くん。
それだけの共通点が、それからのワタシの支えとなった。支えなんて言うとヒンシュクだけど、でも、当時のワタシにとっては、苦しみを共感できる存在が必要だったのだ。
犬と猫との違いはあるものの、その後のワタシはブログの過去ログを読みあさった。本も買った。
ものすごく父ちゃん(穴澤さん)に自分を重ねていった。
共通点を見つけるたび、どんどん勝手に"身近な人"になっていった。職業は家で仕事をするフリーランス、バツイチ、息子(富士丸/チャイ)と二人暮らし、おまけに6月生まれ...。
形を変えてスタートした"父ちゃん"のブログ「Another Days」も、ストーカーのようにこの1年覗いていた。

そして、1周忌のタイミングで出版されたのが「またね、富士丸。」だった。

今ワタシも"1年"という時間がたったからこその読後感なんだろうか?
もしこれをチャイが死んで数日後、数ヶ月後に読んだら、違う感想だったんだろうか?
それはわからないけれど、穴澤さんのこの1年、そして彼の思うところ全てがワタシの気持ちとぴたりと一致して変だけど嬉しかった。
お別れの直後、現実とは全く違う世界に行ってしまった感覚、仕事をすることでの現実逃避、まわりには「もう大丈夫!」と言っていてもやっぱり全然大丈夫じゃなかったこと、自責の思い、ひとりになってしまったという思い、自分が自分でなくなってしまったという思い、お酒に逃げたこと、海外に行ったこと、夢に出て来てほしいと思うこと、遺骨に対する思い、、、、あげればキリがないくらい、「そうなの!そうなの!ワタシが変なんじゃないよね?父ちゃんもそうだったんだよね?」と思うことがあり過ぎ...。

もう少し客観的に見ると、丸くんはあまりにも突然亡くなってしまったし、犬だったからふたりで出かけた思い出もたくさんで、全国にたくさんの丸くんファンがいるという立場はチャイとは多いに違うんだけれど、ペットロスってやっぱりこういうものなんだよな、と、ワタシが異常じゃないんだよな、としみじみ思わせてくれた本でした。

穴澤さんも書いているけれど、やっぱり世間的に「犬が死んだくらいで...」と思われるんじゃないか、って気持ちが、我が子を失った人達を苦しめているんじゃないかなと思う。ワタシも当時は"猫が死んだくらい"で関わっている人に迷惑をかけてはいけない、って気持ちが強くて、人前では「もう大丈夫です」と言っていたけれど、実際は「世界中でもっとも大切な自分の分身がいなくなっちゃった!!!!」って気持ちをずーーっと抱えていた。もちろん今でもその気持ちはあるけれど、今はその混乱の気持ちとは自分なりに折り合いをつけられた、と思う。多くの人の支えがあってこそだったけれど。

チャイが死んで何冊かペットロスの本を読んだけれど、これだけワタシの気持ちにぴったりだった本はなかったなぁ。
ペットロスでもいろいろある。人それぞれ。でも、自分の気持ちに近い人の本に出会うと救われることもある。
ひとりひとりみんな尊い我がコとの心の絆があってのお別れ。ものすごく辛いこと。
我がコを失って「なんのために自分は生きているんだろう?」と思うことだってある。大切な存在は人間だって犬だって猫だって同じ。それはおかしなことじゃない。命って人間でも動物でも、それだけ心を動かす尊いものだから。

だからこれから、そして今ペットロスで苦しんでいる方がいたら、読んでみてほしいな、と思っての紹介でした。
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2010年9月30日

一周忌を迎えて1:ペットロスについて

1年前の9月30日午前3時5分、チャイはワタシの腕に支えられて息をひきとりました。
あれからもう1年です。もう1年!?って感じ。
9月25日の夜11:20にいきなり心筋症の発作をおこしたわけだけど、先週の25日、同じ11:20が近づいて来て息苦しくなってきました。カウントダウンしていたわけじゃないけれど、時計が11:20をさしているのを見て、やっぱりまた少し泣いてしまった。その後は「去年の今頃はこうだったな」と考えたり...。
とりあえずお花だけでも買おうと、29日に近所のお花屋さんでバラ1束5本で525円ってのを買いました(^^; 
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お骨のヨコにお花を飾って、あとはチャイの好きだったおかかやチーザ(グリコのチーズのスナック)も置いてみた。
30日3:05、チャイとワタシだけでそのときを迎えて儀式終了。

ここにはその後あまり書いていなかったけれど、正直言って、相当ひどいペットロスに陥りました。すぐの時は気も張っていたし、乗り越えられたと思う時はあったんだけど、お正月くらいからさらにひどく、どっと来ました。
何か琴線に触れることに突然出くわすと、感情のコントロールができなくなって人前でも泣いてしまったり。
何事に対してもやる気がおこらなくなり、孤独感にさいなまれたり。
チャイはワタシのすべてだったから、ワタシがチャイに頼りすぎていたから、その喪失感の反動が大きかったのかも。

ペットロスから脱するきっかけを与えてくれたのは、晩年のチャイが一番お世話になった先生と5月に話せたことだったように思います。そのときのことはちょろっと2010年6月7日に書いてます。

ペットロスから立ち直るには新しいコを迎えるのが一番!とよく言われます。もちろん、それも1つの手段だと思う。
でもそれは人それぞれ。ワタシもまわりから「新しいコを迎えたら?」とたくさん言われたけれど、ワタシにとっての解決策はそれではなかったようで...。
家族が支えてくれたこと、仲良しの猫友達と話すこと、そしてチャイのことを一番わかってくださっていた先生とゆっくり話すことができたことに感謝です。

チャイを失った悲しみはこれからも消えることはないけれど、ペットロスからは脱出できたと思います。
今はチャイの写真を仕事机にも飾っているし、Macの壁紙もチャイ写真。毎日、Macを終了する時にはチャイにお休みを言うし、写真を見ては「チャイちゃん、会いたいねー。抱っこしたいねー」って話しかけています。
チャイが恋しくなりすぎると、寝室にあるチャイの骨壺を抱っこする。目に見える、触れることの出来る唯一のチャイだから。これはワタシにとってとても大切なこと、とわかったので、お骨とはずっと一緒に暮らそうと思っています。

一周忌、ということで、ちょっと今日はしんみりなワタシだけど、チャイと生活していることには変わりません。これが"一緒にいる"ってことなんでしょうね。チャイとお別れした当時は"一緒にいる"っていう意味が理解できず辛かった。まぁ今でも現実一方通行ってのが悲しいけれど、これはしょうがないし。
辛かったけれど、自分の人生でこういう経験ができたってことは、つまり"チャイと出会えたってこと"は、最高のことだったな、と今のワタシには思えます。

ペットロスからは立ち直ったけれど、今のワタシ、新しいコを迎えるかどうかはやっぱりまだ5分5分の気持ちです。
もしそんな運命の日が来たら、まっさきにココでお知らせしますね。

↓数あるチャイ写真の中で一番お気に入りの1枚。お骨のヨコも携帯の待ち受けもこの写真です。ワタシがいるパソコン机の上のチャイ。
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一周忌を迎えて2:ペットの安楽死について

今さら、なことなんだけど、自分の意見は今日にしか書けないかな、と思って...。
引き続き重い話&長文ですみません。

チャイの最期を看取る機会がくる前まで、ペットの安楽死には漠然と反対意見だったワタシ。
どんな状況であろうと、そのコが生きようとしているのなら、最期まで飼い主はそのコの意思を尊重して人間の力(安楽死)を加えるべきでないと思っていた。

チャイが心筋症になった時、英会話学校の英国人先生が「英国ではそういう状態になったら安楽死よ」と言った。
先生はワタシがチャイのことを自分の子供以上と考えていることを知っていた上で。
現実、苦しむチャイが目の前にいたし、その言葉にワタシは少しだけ揺らいだ。でも、チャイはパニックにありながらも一生懸命生きようとしていた。だから、なんとかワタシもチャイにがんばってほしかったし、このまま不自由な身体でも生きていてくれるならワタシは何でもしようと思っていた。
その時、安楽死なんてみじんも考えられなかった。

でも、息を引き取る数時間前、本当にチャイは苦しそうだった。
そんなチャイを前にずっと「チャイ、頑張れ!」と言っていたワタシだけど、ある瞬間「チャイ、もう頑張らなくていいよ」と言った。
心からそう思った。
「かあちゃん、助けて!」とワタシの腕にしがみついてくるチャイを前にして、何も助けてあげることができないワタシだったから。
安楽死させてあげた方がチャイのこの苦しみをとってあげられる、と切実に思った。

ワタシにはまだどのくらいチャイのこの苦しみが続くのかわからなかったし、安楽死の相談も含めて、先生に電話をした。
先生の判断は「その状態だとあと数時間だと思う。今から行って処置することもできるけれど、そういう状態の中で今はおかあさんと一緒にお家にいるとわかっているチャイちゃんのトコロに他人が行って、さらにチャイちゃんが落ち着けなくなるのはどうかと思う。行く行かないはおかあさんが決めてください」と言われた。

ワタシがチャイのそばにずっといることは、苦しいながらもチャイはわかっている。ここはお家、ということもわかっている。そこに、知らない人がやってきたら、やっぱりチャイはイヤだろう。
だからワタシは安楽死の処置をお願いすることをやめた。
そして電話口の先生からは「辛いだろうけれど、勇気を持って見守ってあげて」と背中を押していただいた。
ごめんね、チャイ。
かあちゃん、チャイの苦しいの助けてあげられない。ちゃんと見届けるから、ずっと一緒にいるから、と、言うしかなかった。

結局チャイは、先生に電話で相談した1時間後に亡くなった。
すごく苦しんで、最期の力まで振り絞って生き抜いた。

チャイに対して安楽死の処置は最終的にとられなかったけれど、ペットの安楽死に対して、反対意見をそれまで持っていたワタシは混乱した。
確かにその時、ワタシは安楽死させてあげた方がいい、と思った。だから「チャイ、もう頑張らなくていいよ」とチャイに言った。薬の処置こそなかったけれど、これが合図だったと思う。

ずっとお世話になっていたチャイの先生のおうちのコのひとりはチャイと同じ巨大結腸症でした。
巨大結腸症は完治する病気ではないので、色々食事療法やチェック方法、サプリメントなどあれこれ先生と一緒に報告し合いながら病気と闘ってきました。チャイの場合は巨大結腸症が原因で死んだわけではなかったけれど、先生のコは結局これが原因で最期は安楽死だったとか。
1年ぶりに会った先生の前で泣いてしまいました。

先生曰く「いろんな飼い主がいる」と。本当にそのとおりだと思います。特に獣医師からみると「こんなに大変な病気なのに、飼い主はのほほんとしている!」と思う人もいるでしょう。
のほほんとしている飼い主の判断による安楽死には無責任さを感じます。だけど、わがコのことを考えての安楽死はありなんだということを思いました。そして、獣医師も飼い主がどういうタイプかを判断した上で安楽死の提案をしたり、勧めるか言わないかを判断しているんじゃないかな。あとは本当に動物のためを思って...。

「人間は"死"がこわいけれど、犬や猫は死がこわくない。死というものを知らないから」という言葉をその後ネット上で目にし、涙が止まらなくなりました。
死はこわくないから、どんなに苦しくても飼い主が「生きて!」と言えば、飼い主の思いに応えようと頑張るのだとか。
彼らにとっては、苦しくても飼い主が「頑張って生きて!」と言えば生きようとするし、「もう頑張らなくていいよ」と言えば、「わかった」ってなるのだと思います。ものすごく飼い主のことを信用してくれているから。

チャイの死を通じてワタシが理解したことは、安易な安楽死の選択はありえないけれど、安楽死を選択しなければならない状況はある、ということ。そして、チャイには安楽死の処置は施されなかったけれど、ワタシがそれを考え、「もう頑張らなくていいよ」と言った瞬間、同じ行為が働いたんだではないかな、と思います。

2010年6月19日

久々に猫話のつづき

6月7日に書いた記事のその後。

今日、英会話学校から紹介された子猫話、お断りしました。
2週間近く返事を引き延ばしちゃって申し訳なかったんだけど...。

先週のクラス前に、茶トラ×白の可愛い写真を見せられ、ちょっと心がぐらついた。顔にかかる茶トラの部分が、なんだかおかっぱ頭のような感じで可愛いのだ。「しっぽの長さはどうでしょう?」と、写真ではわからなかったシッポについて尋ねてみた。翌日電話があって、「チャイままさん好みの"長いシッポ"だそうですよ!」とのこと...。
さらにぐらついて「一度面会ってできますか?」と聞いてみた。また折り返し連絡があって、先方の電話番号を教えてもらった。なんと、我が家から徒歩5分以内のところに保護されているそう。

ここまで来て、すごく現実的に「猫と再び暮らす」ということを真剣に考えなきゃな状況に追い込まれたように思った。
今までネットの里親サイトとか見て「このコ可愛いなぁ」と思っていたのは、非現実的に「いいなぁー」と思っていたのだ。
保護先さんに電話をして子猫と面会したら、たぶん高い確率でそのコを迎え入れてしまうような気がした。
本当にまた猫と暮らせるワタシになっているんだろうか? ちょっと真剣に考えてみたら、1年前の今頃、チャイの巨大結腸症が再発し、またまた病院通いが始まったんだなぁ、と思ったら、久々に涙が出た。
それと同時に一周忌を迎えるまではやっぱり新しい猫と暮らすのはやめよう、と思った。
9月30日の一周忌を迎えた後、ゆっくり今後のことは考えようと思う。

2010年6月 7日

久々に猫話

今週末のアフリカンフェスタ、お天気、なんとか大丈夫そうですね!!!
梅雨入りの遅れに感謝〜。

実を言うと、チャイがいなくなってからずっとモチベーションが上がらなくて、だらだらと過ごしていたのだけれど、今週は半年遊んでいたツケが一気にまわってきたようで、仕事関係でしゃきっとしなきゃいけない一週間になりそう(^^; うーん、シャキッとするのって、どうすればいいんだっけ?
仕事以外ではもちろん今週末のアフリカンフェスタに張り切っているのだけれど、金曜日にはパット・メセニーのコンサートもあるのだぁ♪ お楽しみも集中しています。
おまけに今日の英会話学校では、事務局のSさんから「チャイままさん、生後1ヶ月の子猫のもらい手を探しているんだけど...」と言われてしまった(^^;(今、子猫ラッシュですもんね〜)
※英会話学校は新しいクラス、順調です。またそのうち書きますね〜

新しい猫はね、正直迷っています。
"また猫と暮らす"or"もうしばらくは猫と暮らさない"の気持ちがまだちょうどフィフティー・フィフティー。
実は、里親サイトでGWあたりから気になっているコ(2歳くらい)がいます。ご縁があれば、そのコと暮らすのかも。まだアクションは何もおこしてないけど、なんとなく自分の気持ちを確認しているって状態です。

先月、ココには書かなかったけれど、後期チャイが5年間お世話になった先生とゆっくり話す機会がありました。先生はチャイが旅立つ半年前に引退されて、病院を閉院。チャイは転院したのだけれど、その後もメールや年賀状で時々連絡していました。
なので、チャイが旅立ったことも報告していたし、先生から「会いにきて!」と優しい言葉をいただいていたものの、会えたのはチャイとお別れして7ヶ月たってから。
先生に会いに行きたい、と思えるようになりました。

チャイの死因は心臓の肥大型心筋症から血栓症を起こしたことだけど、これは本当にどうしようもなかったとワタシも納得しています。
チャイを看取れたことはすごく良かったけれど、生命のすごさをチャイは教えてくれて、ペットロスでもあったんだろうけれど、その後ずっとワタシは"生命"って何か、という迷宮に入りこんでしまった感じでしたが、やっとそこから抜け出せたのかな? もちろんはっきりとした答えは出ていないと思うけれど、チャイが教えてくれたこと、十分ワタシの中で消化できてきたんだと思います。哲学系本を読みあさったのもそんな行動の1つ。この8ヶ月間はしんどかったけれど、ワタシの人生にとってすごく大きな8ヶ月だったかな?

先生と一緒に戦ってきた巨大結腸症については、本当にしんどい病気...というか体質、症状だったよね、と一致の結論。先生のおうちの巨大結腸症だったコもお☆になったそうです。
先天性はともかく、今後巨大結腸症の猫が増えないように、ワタシなりに発信して行けたらいいな、と思ったり...。

先生は今、お年寄りがお世話できなくなった猫たちのケアとかもされているそう。今はとってもイイコなんだけれど噛みグセのある8歳くらいのコの里親さんを探しているという話をやんわりと聞いた。

これから先、子猫と暮らすことはなさそうかな? もしワタシが「やっぱり猫と暮らそう」と思ったら、成猫なような気がします。
でもって、シッポが長くて、色はチャイとは全く違うコで、何か運命的なピンっとくるコ。

というわけで、英会話学校からのお話には積極的ではないワタシですが、来週写真見せてもらうのだ(*^^*) 
子猫だと、成猫よりは里親さんは見つかりやすいよね?里親探しのお手伝いくらいはできると思うし。

「ケニア強化週間」と宣言しつつ、今日はまったく関係ない話になってしまいました(^^;
長々と読んでくださって、ありがとうございます!
明日はまたケニア・ネタ書きます!!!

2009年12月14日

チャイ13歳の誕生日

生きていれば今日はチャイ13歳の誕生日。
お祝い、したかったなぁ。

最近忙しいので、ペットロスで沈んでいることもできないんだけれど、やっぱり寂しい。
今でもやっぱり「なんでいないんだろう?」って思っちゃうし、会いたいし抱っこしたい。
肉体がなければ嫌なの。チャイじゃなきゃダメなの。
と思いつつ、以前のように泣いてしまうことはなくなった。
四十九日を過ぎたあたりから、ずいぶんワタシの気持ちも落ち着いてきたみたい。
この2ヶ月で数年分の涙を流しきった感じ。

ペットロス関係の本を何冊か図書館から借りてきて読んでみたりもした。
少しだけ救われる部分もあったけれど、結局、ワタシ自身がどう気持ちを整理するかということ。
魂を信じなさいとか、いつか再会できる時を信じなさいとか、色々書かれているけれど、それを信じられないワタシである以上、どんなに本を読んだってアドバイスされたって無理なんだな、ってことがよくわかった。

これって、宗教と一緒なんだと思う。
宗教って個人のものだし、本人が信じてこそ大切なもの。
他人がとやかく言うことではない。
日本人は宗教に対して鈍感だと思うけど、外国人の多くは自分の宗教を持っている。
きちんと毎週教会に行ったり、日常生活の中にお祈りの時間を持っていたり。
宗教とはその人の考え方だし、生き方の指針。
だからこそ、特に外国人と話す時、宗教の話題はタブーとされている。

たぶん宗教は生と死についても各々定義がある。
ワタシは無宗教だけれど、宗教を持っていた方が、こういうとき楽…というか、自分の進むべき道がはっきりするんだろうな、と思ったりもする。
でも今のワタシは特定の宗教を持とうとは思えない。
ってことは、自分のアタマの中だけで葛藤して答えを見つけていくしかないんだよね。

苦しいけど、しょうがないな、と思える今日この頃。。。
あ、ごめんなさい! ちょっと過激発言だったかな?
みなさんからいただいた優しいお悔やみの気持ちは、とっても大切に受け止めてます。
ありがとう。
もう大丈夫なので、お気遣いなく。

2009年11月18日

四十九日

この歳で恥ずかしいのだけれど、今まで初七日や四十九日についてあまり深く考えていなかったのです。
だから周りの人たちのそういうタイミングを意識する機会が全然なかった。
最近ようやくその意味までを知る機会があり、で、チャイの四十九日は11月18日なんだなと思って、なんとなく数日前から複雑な気持ちになっていたのです。

昨日はなんだか仕事がバタバタで、鳴らない時は1本も鳴らない電話が鳴りっぱなし。
おまけにここ2ヵ月ずっとこじれていた交渉がついに決裂し、ワタシは間に挟まれてあれこれ逃げたくなるような対処をしなくちゃいけなくて、電話だらけのうんざりな状態に。
そんな仕事の電話の合間に、また電話が鳴った。
「花屋ですが、○○動物病院からチャイちゃん宛にお花をお届けします。今在宅されてますか?」
想像もしてなかった連絡なので「四十九日だからなんだ」と、チャイのことを覚えていてくださったことが素直に嬉しくて、思わず仕事中だったのだけれどまたうるうるしてしまった。

程なくしてピンポーンとお花屋さん登場。
ピンクのお花でまとめられたとっても可愛くてセンスの良いお花で「病院からとは思えないお花。すごい!」と、すっかり病院からのお花だと思って一緒に渡されたメッセージカードをよく見たら、贈ってくださったのはなんとお友達のYさん!!!
思いがけないプレゼントで、またまたワタシはうるうる。
その5分後に今度は病院からのお花も。

ワタシ自身は四十九日にあたり、お花を用意したりとか何もしなかったのだけれど、またまたチャイのまわりがお花だらけになりました。
チャイは幸せ者だね〜。
実は、2週間前には以前のご近所さんで親しいSさんが花束を持ってきてくださいました。そのお花が長くもって、ちょうど昨日なくなったところだったんだけれど、また一気にチャイコーナーの回りが賑やかになりました。

私は無宗教だけど、四十九日の意味を知ってまだここにいてほしいなぁと思ったり。
7週間たってもチャイは1度としてワタシの夢に出てきてくれません。
そばにいる感覚も全くなし! まだまだワタシの修業が足りないんでしょうね。。。
さっきYさんと病院にお礼のメールと手紙を書いて、また少しだけ自分の気持ちが整理できたようにも思います。
こうやって少しずつ少しずつ自分の気持ちを整理していくのかも。

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2009年10月 4日

やっと…

写真を飾りました。
昨日まではお骨のまわりにお花がいっぱいあるだけで、写真を選んで飾ることがまだ気持ち的にできなかったのですが、これでやっと少しは形になったかも。
まだ仮の場所なんだけれど。

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ココに延々書き続けることによって、自分自身を客観視し、自分の精神を保ててきたと思います。
実はもうちょっとワタシは泣き続けて凹みまくると思っていたのですが、こうして書くことで1つ1つの出来事を冷静に受け止めることができたような気がします。
仕事が忙しかったのも、ワタシにとっては良かったことのようです。

まだこうしてチャイの写真を見ると泣いてしまうけれど、チャイがいなくなってしまったのは、ずっと昔のような気がします。
明日からまたたまっている仕事に集中します!
ココに書く頻度が少なくなってきたら「元気になったんだな」と思ってやってください。
ひとまずこれでチャイのことは終了します。
今まで本当にありがとうございました!

2009年10月 3日

「看取る」ということ

今日はチャイの病院に行って、お世話になったお礼と、未開封で使わなかった介護セット(注射器とか針とか流動食とか)を引き取っていただきました。
担当先生がやさしく迎えてくださり、色々と話をしました。

その中で、ずっとワタシが引っかかっていたこと、最期を「看取る」ということについて。

ワタシの場合は、入院させたときに「今までの猫たちが病院で死んでしまったので、どうしようもなくなったとき、チャイは手元で看取りたい」と、前もって先生に伝えていました。
なので、最期は病院から引き取ってきたのだけれど、先生曰く「どんなにそのコを愛している飼い主さんでも、連れて帰って最期を看取ることができる方は少ないんですよ。すごく勇気のいることだから」って。

これは「看取る」ことを経験して、つくづくワタシもそう思いました。
覚悟を決めていたワタシだって、実際には想像以上に勇気が必要だったし、苦しむチャイを前に途中で逃げ出したくなりました。
耐えられなくなって動物救急に電話をし、発作を起こしたときに診ていただいた先生にたまたま相談できる機会に恵まれ、先生に勇気づけていただけたから乗り越えられたと思います。
確かにチャイは家に帰ってこれて安心はしたと思うし、ワタシが側にいることも認識していました。
でも「苦しい!カアチャン助けて!」と言われても何もできなかった。
今はこの時のチャイの様子がフラッシュバックしてきて苦しいです。
苦しいけれど、一方で、これは後悔ではなく、どうしようもなかったことと納得できるワタシ。
でもそう考えると結局チャイの気持ちをただ人間のワタシが勝手に解釈して、悩んだり安心したりしているような気がしてきました。

何が言いたいかというと、「看取る」ことだけが飼い主としての全ての責任を果たした行為ではないということ。
看取らなかったから可哀想だった、ではないということ。
どっちに転んでも、それは人間の感情で左右されてしまうことだから。
最期の瞬間ではなく、それまでの一緒にいた時間がいかに充実していたかが、そのコと飼い主との関係の中で一番重要だということを再認識しました。
病院で亡くなったロビやマロも決して可哀想だったわけじゃない、と思えるようにもなりました。

チャイが亡くなる前の日、英会話学校の先生の最後のクラスでした(突然、日本を去ることになった)。
その日は授業のあと、お別れ会が開かれることになっていて、ワタシもクラスメートとサプライズプレゼントを計画していたのだけれど、チャイのことがあったので、10分だけ教室に顔を出し、先生に事情を説明しました。
先生もすごく心配してくれたんだけれど、「英国では、そうなってしまうとすぐ“put to sleep(安楽死)”よ」と言った。
たとえばケニアでは、「死」に対し、みんなすごく悲しむんだけれど、割り切りや立ち直りがとても早いと思う。
それは、やっぱりエイズとか、死が身近な日常にあるからなんだろうなぁと思ったりする。
日本人が考える「死」は、もっと引きずるし、当たり前のことなんだけれど、当たり前と受け取られにくいような。
これは、お国柄だけでなく、個々の考え方でもそれぞれだけど。

うーーん、ちょっと本来書きたかったことと方向がずれてきたような(^^;

つまり、我が子を看取るだけが全てではない、ということ。
ワタシは今回チャイを看取ることができたけれど、それが絶対的なベストな方法ではないということ。
たとえば突然愛するコがそういう状態になってしまったら、看取る云々より、近づくお別れについての覚悟すらできてない状態。そんな状態で看取ることまでなんて、無理だと思う。

2009年10月 2日

あれから1週間

金曜日です。
チャイが突然心筋症になってからちょうど1週間でした。
「先週の今頃はこうだったなぁ」なんて思ったりもするものの、その日のことも、亡くなったのも、なんだかすごーーく昔のような気がします。

亡くなった日の朝1で病院には電話をして説明し、翌木曜日には病院に行くことを話していたのだけれど、昨日は行けませんでした。
仕事の締切がピークだったこともあるのだけれど、気が張っていた水曜日までとは違って、木曜日はどっと疲れちゃって、あちこち筋肉痛。
これは、酸素室をワタシの仕事机のうしろ、床にどーんと置いていたので、介護するのに床に這いつくばって変な姿勢でしなきゃだったせいだと思われます。
8時間おきの皮下注射や強制給餌など、すごい無理な姿勢でになっちゃったので、病院みたいに酸素室は立ったまま介護できるテーブルの上に載せればよかったかなーと後から思いました。
でも、床に置いて良かった点は、チャイの目線で一緒に横になれたこと、かな。

そんな肉体的な疲れだけでなく、昨日からは最期の数時間前からの様子がフラッシュバックしてきたり、日常生活の中のチャイとのルールに無意識にワタシが反応してしまったりが辛くて辛くて。
なので病院へは明日の土曜日行くことにしました。
今日は少し大丈夫になってきたし。
皮下注射セットや流動食など、まだ封もあけてないものが山ほどあるし、先生たちには電話ではおはなししたものの、きちんと感謝の気持ちを伝えたいので。


でも、ちょうど仕事があれこれたまっているので、仕事していれば忘れていられるので、ある意味助かっています。
で、仕事が一区切りつけば「この際、ケニアに行っちゃおうかな」なんてことも結構真剣に考えています。

こうしてちょっとずつあとは自分の気持ちを整理していくしかないんですね。
実際自分がこういう場面に遭遇し、つくづく色んなことを感じます。

今朝、ボストンにいるワタシの娘(正確には友達のコ)から大学生活の様子を知らせるメールがありました。
彼女は小さい頃からずーっとチャイのファンでいてくれて、8月にも帰国中の忙しい中、チャイに会いに来てくれました。
メールには「チャイにもよろしく!」とあり、ワタシはまたうるうる。
今週末には彼女にも知らせなきゃ、と思っていたところだったので、一足先にチャイが知らせに行ったのかもしれません。
本当にチャイはみんなに可愛がっていただき、幸せ者だったなぁと思います。

2009年9月30日

お骨になりました

チャイとお別れしてから8時間後には、我が家の歴代猫ロビとマロが眠る深大寺の動物霊園へ行き、火葬にしていただきました。
人間と同じように“お火入れ”の寸前、ごろごろと寝台?が火葬場に入っていく瞬間が一番辛かった。
触れるチャイとはこれで永遠にお別れ。
そしてお昼過ぎには、あっという間にお骨となっておうちに戻ってきました。

ワタシにとってチャイは普通の大きさの猫でしたが、実物チャイを見た方が初めて言う言葉は100%「大きい!」でした。
これは火葬場でも同じで“お骨上げ”まで猫は1時間半と言われていたものの、中型犬並なので2時間、ということになりました。

骨になっちゃったチャイを前に、焼き場のオジサンが「猫ちゃんとは思えない骨です。この背骨なんて、中型のわんちゃんと一緒です」と説明してくれる。
背骨を見て、つい数時間前、苦しむチャイの背中を撫でながら、この数日で背骨がごつごつ手に触れるようになってしまったな、と思ったことを思い出す。
「ココがしっぽですね。これがしっぽの先」と小さな骨を見ると、「チャイ!」って呼ぶと、顔はそっぽを向いていても、必ずしっぽの先だけは動かす姿を思い出す。
「これは犬歯です」と言われたときは、ずっとハアハアと犬歯の間から舌を出して苦しんでいたチャイの顔がだぶってきて辛くなる。

ロビやマロより大きな骨壺にいっぱいになったチャイの骨と向き合って、少々ワタシには酷な経験だったけれど、あえてこの現実と向き合う方法でのお別れを選んだ。
うまくまだ書けないんだけれど、チャイが旅立つとき、ワタシとチャイのお別れ、ということだけでなく、“生命”のすごさということもチャイは教えてくれた。
チャイは最期苦しかったけれど、しっかり自分の命と向き合ったんだと思うのです。だからそれをワタシもちゃんと受け止めたかった、って感じかな?

今はまだふとした瞬間に色々思い出して泣いてしまうことが多すぎるけれど、そして骨になってココにあるチャイの骨壺の白い風呂敷さえとることはできないけれど、現実のチャイはココにいます。
現実のチャイより精神的なチャイの方が身近に感じられるようになったとき、もう少しワタシ自身成長できるような気もします。

応援ありがとうございました

9月30日午前3時5分、チャイが旅立ちました。

享年12歳9ヵ月。
もう少し長生きしてほしかったなぁ。

みなさまの応援とチャイの頑張りで、私は密度の濃い最期の2晩をチャイと過ごすことができました。

昨夜10時頃からまただんだん呼吸が荒くなり、酸素室を前足だけで暴れる状態になってしまいました。
苦しかったんだと思います。
0時から2時までの2時間はさらにそれがひどくなり、ワタシもずっと付き添っていたのですが「チャイ、もう頑張らなくていいよ」と話しました。
この2時間できちんとお互いお別れについて納得できたと思います。

もう頑張らせるのが可哀想で、2時に動物救急に相談の電話を入れました。
ここは色んな先生が当番制で担当してくださっているのですが、電話に出られたのは金曜日のチャイの発作時、処置をしてくださった女の先生でした。
電話で名乗ったらすぐに「チャイちゃん?!」と言われてびっくり。
すごく良い先生だったので、今日電話に出てくださったのは、葛藤していたワタシへのチャイからの贈り物のような気がします。
チャイの現状を色々話し“もうチャイを楽にしてあげる方が良いのではと思っている”ということも相談しました。
最終的に「辛いだろうけれど、見守ってあげて」と先生に背中を押していただき、ワタシの覚悟は決まりました。

チャイに「もう頑張らなくていいよ」と言い、病院への電話を切った後、チャイは昏睡状態になりました。
もうワタシに「苦しいよ」と訴えてくることもなくなりましたが、ちょうど1時間後、ちゃんとワタシとの約束どおり、ワタシの腕に支えられての旅立ちでした。

みなさまからのあたたかいコメントに個別にレスできなくてごめんなさい。
とってもとっても感謝しています!

2009年9月29日

ごはんを食べた!!!

本当にたくさんのお祈り、ありがとうございます!
コメントは読んでいるのだけれど、レスは落ち着いたらにさせてくださいね。
すごく勇気づけられています!

なんと、さっきゴハン(カツオの缶詰)をティースプーン2杯ほど自力で食べました!!!
病院でも全く食べなかったし、今日も戻ってきてワタシの手からあげようとしても絶対食べなかったのに!

戻ってきてからは、少し落ち着いたり、また苦しそうに呼吸が速くなったりの繰り返し。
あまりにも苦しそうなときには、酸素のチューブを直接鼻先に持って行って15分くらいするとまた少し落ち着きます。

呼吸が落ち着いたところで、22時に抗生物質を飲ませる。
その後0時に恐怖の皮下注射。
1回に160mlしなきゃなのにシリンダは60mlなので、2回+40mlの3回も抜き差ししてやらなければならなくて、大汗かきつつなんとかやり遂げる。
ちょっとあれこれ失敗はあったものの、このへんはまたそのうち書きますね。

1:30すぎにようやく落ち着いてきたので(薬が効いてきたのか)、速効でワタシはシャワーをあびてチャイのところに戻ると、なんと普通にハアハアもせずに、上半身起き上がっていて、ワタシの顔を見るなり「にゃー(何してたの?)」と鳴いた。びっくり!!!
さっきまでハアハアぐったりだったのに。
で、フォルテコールとプリンペランとノイロビタン(今までの薬の中でこの3種は飲ませるよう指示あり)をこのタイミングで飲ませ、ついでにゴハンも丸めて飲み込ませて、念のためお皿を鼻先に持って行ったら、量は少しだけどガツガツと自力で食べたのです。
シッコも出たので、ペットシーツを替える。

でもその後またハアハアと苦しそうになってしまい、夢のような元気な時間は20分くらいでした。
でも確かにチャイはおうちに帰ってこれたことに安心しているし、頑張っているので、ワタシも場頑張らなくちゃです。
あ、ちゃんとワタシも食べているので心配しないでね。

2009年9月28日

チャイ帰宅しました

18:40病院から帰宅。
病院の酸素室から動かすことで、先生たちもワタシも心配だったけれど無事でした。
最初は呼吸も荒かったけれど、すぐ酸素室に入れて1時間。
呼吸はだいぶ落ち着きました。
酸素室の威力ってすごい。
室内の酸素は30%〜33%に保たれているそうです。

やっぱり具合はとっても悪そうだけれど、チャイの表情は病院の時よりはずっと落ち着いていると思います。
連れて帰ってきてよかったです。

とりあえずご報告まで。

酸素室の左奥が酸素を送る機械。
写真嫌いのチャイなので、正面から撮るのは可哀想なのでそっと後ろから。
090928.jpg

チャイ猫肥大型心筋症になる(6)

みなさま、応援ありがとうございます。
チャイ、頑張っています。

14時すぎに病院から電話があり「容態が良くない」と言われ、すぐ行ってきました。
今晩が山かもしれないとのことで、今日の夜は連れて帰ってくるつもりです。
今、レンタルの酸素室を手配し、届くのを待っているところです。
届いたらチャイを引き取りに行きます。

皮下注射の方法を教わり、今晩はそれで過ごす予定です。
明日の朝、持ち直していたらまた病院です。

すぐにレスやコメントつけられないかもですが、どうぞ祈っていてくださいね。

2009年9月27日

チャイ猫肥大型心筋症になる(5)

チャイ猫肥大型心筋症になる(5)は、今の時点でのワタシの“もやもや”。
とにかく今は、頑張っているチャイを信じ、余計なことを考えずに前進あるのみ!と思っているのだけれど、“もやもや”を書くことで、何か糸口が見つかるかも、と思っています。

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●突然、ということ
去年の巨大結腸症の手術の時は、ちょっとずつちょっとずつ容態が悪くなり、もう手術しかない!という状態での病院行きだった。
なので、今思うと、そういうだんだん悪くなるチャイの容態を目の当たりにしていて、ワタシなりにあれこれ覚悟ができていた。

でも、今回はあまりにも突然だった。
ワタシが起きる時間になってもなかなか起きないと、チャイはベッド横の小さなチェストの上に飛び乗り、そこからジャンプして50cm程にあるワタシの枕に毎朝ダイブしてくる。
でもって「起きてっっ!ごはんっっ!」とワタシの髪や腕に噛みつく(^^;
噛みつかれると痛いけど、ダイブしてくるチャイの表情がおかしくて、わざとすぐ起きなかったりする。
巨大結腸症からの便秘がひどいときは、食欲もなくなるので、こうした朝のモーニングコール?はないのだけれど、最近はなかなか調子よかったし、この日の朝もダイブしてきていた。

先週くらいまでは便秘と格闘するとき、力んだ後吐いてしまったり、下痢が続いたりとあれこれあったけれど、この日はやっと2日ぶりに吐くこともなく&便も良い状態でたくさん出ていたので、喜んでいたのに…。

そう、あまりにも突然だった。
心筋症だけでなく、突然の悪化というのは、友達の猫さんのことでもいっぱい聞いていたけれど、実際自分が“突然”に遭遇してみて、想像していた友達の辛さの何十倍もの辛さなんだな、ということがわかった気がする。

人間だって、突然事故に巻き込まれたり、突然心臓が止まってしまったりとあるけれど、こうまで“突然”に対する気持ちの切り換えがむずかしいとは。。。

最近のチャイのマイブームは、Macに向かうワタシの横に来て「ごはーーんっ」と催促するも、ワタシが“うちわ”で「ひゅーーーーっ」と言いながらすごい勢いでチャイに風を送ると、だだだっとお気に入りのバナナ皮バッグ(すでにチャイのもの)のところに行き、うねうねごろんごろんとお腹を出しながら転がり、気持ちよさそうに身繕いを始めること。
これがすごく笑わせてくれるので、動画にしてまたYouTubeにアップしようかなーと思っていたのに…。

いきなり下半身を引きずってもがくチャイをまだ受け止められない自分がいる。

昨日、入院させた後、昨夜何回もシッコをしたタオルを洗濯した。
動物救急から「このタオルにくるんだままキャリーに入れて」ともらったタオルも洗濯しようとしたら、救急車内で深爪されたチャイの後ろ足の爪がぽろりとこぼれた。
ここに現実がある。
今はこの爪に向かって「がんばろうね!」と念じるのみ。
でもまだうまく受け止められていないワタシがいる。

●最近の話題
実はチャイがこうなる前日、父親と実家近くで飲み、そのとき「チャイが死んだら、ロビやマロと同じお墓に入れば?」なんて話をしていたのだ。
もちろんまだもう少しは先、のつもりで話していたことだけれど、その翌日こんなことになるなんて。。。そして、この数日、ケニア人と会う機会が多く、みんなに「今度はいつケニアに来るの?」と聞かれるたびに「今は病気の猫の看病があるから無理。来年かな?」と答えていた。
ワタシ自身は“非現実的”なこととして話題にしていたつもりだけれど、なんだかチャイに「違うんだよ!違うんだよ!」と申し訳ない気持ちになる。

●これからのチャイ
今はチャイにとって一番良い“できること”を黙々とやるのみ!と考えているけれど『チャイにとって一番良いこと』ってなんだろう?
こうなってしまった以上、1つ1つ慎重に判断しなければ、と思う。
自分のエゴかもだけれど、チャイのことで後悔したくない。
たとえ最悪の結果になってしまったとしても、後悔しない(少ない)手段を選択したい。
でもこれは答えがない中で自分で答えを作り出さなければいけないこと。
わかってはいるけれど、悶々とします。

チャイ猫肥大型心筋症になる(4)

15時過ぎに面会に行った。
担当の先生がいてくれたのでドキドキしながら様子を尋ねる。
「うーーん、今日はまだオシッコが出ていないのと、ゴハンも全然食べないんですよね」と先生。
話ながらチャイのところへ。

「チャイ! カアチャン来たよ!」と声をかけても、ちらっと見るだけでぐったりしている。
「足もまだですね…」と先生。
一瞬、昨日は紫だった左足の肉球が少しピンク色に戻っているように見えたのだけど、どうも気のせいだったみたい。。。右足の肉球は白っぽくなっている。。。

「チャイちゃん、缶詰は食べますか?」と言われたので、食欲のないとき&水分を多く取らせたいとき用のチャイのお気に入り缶詰が家にあるので、取りに帰ることにした。

缶詰を持って、すぐに病院に戻り、ワタシが手からあげてみるものの、いやがって食べない。そっぽを向いてしまう。
「チャイ! ごはんっ!」というと、一応耳だけ反応したんだけれど…。

昨日は鼻筋とかのどとかをなでなですると気持ちよさそうにしてくれたんだけれど、今日はその反応もない。
うーーん。。。

昨日の面会の時にはなかったけれど、チャイの入院室にはA5サイズくらいの紙が貼られ、でっかく

「血栓症」
チャイ
ワタシの自宅・携帯の番号
担当先生の自宅・携帯の番号

と書かれていた。

去年の巨大結腸症の手術時の入院では、こういう紙はなかったし、扉の向こうに見えた入院中のアメショーさんの部屋には紙はない。
この紙の存在が「容態急変の可能性大!」と、さらに現実を突きつける。

ナニカがあって病院から電話があるのは朝8時から翌朝3時まで。
つまり朝3時からの5時間は連絡は入らない。
今の状態でチャイを連れて帰ることはできないし、もうこれはとにかく「チャイ!がんばるんだよ!明日また行くからね!」と念波を送ることしかできない。
結構今日は気づくと声に出して「チャイ!がんばるんだよ!」と何度も言っているワタシ。
でもなんか声に出すと、チャイに聞こえるような気がします。

この日記の日付けは9月27日だけれど、書いている今は9月28日午前3:20です。
病院からは電話がなかったので、また念波を送るのみ。

ココを見る限り、点滴は3〜4日は続きそう。

明日もまた会いに行きます。

2009年9月26日

チャイ猫肥大型心筋症になる(3)

チャイ猫肥大型心筋症になる(3)は、長い夜が明けて病院へ。

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9月26日9:15
病院は9:30からなのだけれど、昨夜の救急の先生から「まずは電話して、その時の症状を伝え、動かして大丈夫か先生の指示を仰いでください」と言われたので、9:15に電話。
担当の先生が電話に出てくれた。昨夜の救急報告はすでに届いているようで、先生もちょっと緊張しているように感じた。

あれこれ話して、まず聞かれたのは「手術は希望されますか?」だった。
血栓を取り除くための手術のことだ。
巨大結腸症が再発した時点で、すでにチャイが再度手術を受けるのは負担が大きい、と院長先生に言われていたのと、今回は心臓なので、たぶん麻酔に耐えられないと思うことを伝えると、先生も同じ意見だった。
この時点で、手術の選択肢はなくなる。

あまり動かすのはよくないけれど、チャイの様子は落ち着いていることを伝えたら、「そーーっと連れてきてください」と言われ、病院へ。

9月26日9:30
ここ数ヶ月、何度も巨大結腸症の件で病院に通っていたので、ワタシの顔を見ると「チャイちゃん、出てますか?」といつもにこやかに声をかけてくださっている他の先生たちも、今日は神妙な顔で迎えてくださる。

担当先生の所見は、「想像していたよりはひどくないかも」だった。
普通はもっとぎゃーぎゃー痛がるそう。
チャイは後ろ足やお尻あたりを触られても少し怒るだけで、痛そうというほどではない。
なんかぼーーーっとしている。
先生が「救急の鎮静剤がまだ効いているんですかね?」と言う。

救急の時もチェックされたけれど、今日も後ろ足の爪を深爪に先生が切る。
「あ、ちゃんと血が出てる!」
完璧に血管が血栓で詰まってしまうと、そこから先には血が流れないので深爪にしても血は出ないそう。

望みがあると先生は思ってくださったのか「入院して血栓を溶かすために時間をかけて点滴をしたいです」と言われる。
チャイにとってどうしてあげるのが一番いいかを重視したいことは伝えてあった上での先生の判断だったので、おまかせすることにした。
レントゲンと心電図などもチェックしていただくことになった。
何かあったらすぐ電話をくれることとなり、いったんワタシは帰宅。

9月26日16:30
病院からの電話はなかったので、大丈夫なんだと思ったけれど、様子を見にまた病院へ。
チャイは右手に包帯ぐるぐる巻きで点滴をされ、去年の手術の時と同じ保育器に入っていた。
暴れたりもせず、イイコにしているとのこと。
でもレントゲンの結果、やっぱり心臓は変な形に肥大しているとのこと。
たぶん、これからもまた血栓ができて、他の臓器に飛ぶ可能性もある状態、ということだろう。

薬での処置がうまく効かない場合、後ろ足が壊死する可能性があることと、夜中(3時〜8時)に急変した場合、連絡など対応が遅れる可能性があることをご承知おきください、ということを言われる。

ペットシーツの上にシッコをしていたので、ワタシがチャイを持ち上げ、先生がシーツを交換してくださる。変な体勢で抱っこしても痛がらなかったので、少しホッとする。
先生とも「さすがにもう鎮静剤は切れてますよね?薬のせいで痛くないわけではないですよね」と話す。だとしたら、チャイにとって、痛みは本当に少ないのかも。
でも後ろ足のピンクだった肉球は紫色になっている…。

「もう少しゆっくりされますか?帰るときに声かけていただければ大丈夫ですよ」と先生に言われ、チャイとふたりきりになる。
相変わらずチャイはぼーーっとしているけれど、鼻筋やのどをなでなですると、気持ちよさそうにしてくれる。
ずっと気が張っていたからか、なんだか急にこみ上げてくるものがあった。
ちょっとめそめそしていたら、いきなり院長先生が登場(チャイのいるところはちょうど通り道なので…)。
あわてて「またお世話になります。よろしくお願いいたします」と挨拶。
先生も何か声をかけてくださろうという雰囲気で「大変でしたね」とだけしか言われなかったけれど、ちゃんと院長先生にも昨日からのことが伝わっているんだな、ということがわかる。

明日もまた午後、面会に行ってきます。

チャイ猫肥大型心筋症になる(2)

チャイ猫肥大型心筋症になる(2)は、症状が出てから「動物救急」→「自宅での長い夜」までのリアルタイム記録です。
長文です。

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9月25日23:20
突然チャイがクローゼットの中(いつもの寝場所)から転げ落ちてきて、トイレかと思ったら、後ろ足が両方とも全然力入らなくて立てなくなって、前足で這って玄関へ。犬のハアハアのように呼吸が荒くなって、5分様子を見るものの、やっぱりただ事じゃないので、動物救急に電話しました。

結果、心筋症から来る血栓をおこしてしまっているとのこと。
「手足をさわってみてください。後ろ足、冷たくないですか?」と電話で先生に言われ、まず前足をさわったら、肉球はあたたか。
で、後ろ足をさわったら、びっくりするくらい冷たかった。。。
緊急を要する処置が必要&「覚悟はしてください」と言われてしまった。
ここのところずっと病院と巨大結腸症プロジェクトと称してあれこれ看ていただいていたり、相談して、今日もおかしくなる1時間前に2日ぶりに良い便がたくさん出て、順調に良い方向に向かっていると思っていたのに。。。

9月25日23:40
動物救急到着までの20分もすごく長く感じた。
ハアハアと舌を丸めてだらんと出し、ヨダレもいっぱいたらしながらもがくチャイ。時々「うわーーん」と鳴く。
救急車の中での治療(これは去年の手術前と同じ)なのだけど、その間は呼吸を楽にするための酸素の管を鼻に当てて。
痛み止め(すごく痛みがあるらしい...)の注射と補液や利尿剤や出来る限りのことをしてもらう。
あとから明細を見たら薬剤は「抗生物質1種類」「一般薬7種類」となっていた。

巨大結腸症のことばかり気にしていたけれど、いきなりこんなことになるなんて。。。
あとで調べたら、やっぱりメインクーンは遺伝的に猫肥大心筋症が多いので、それなのかもです。
心臓のお薬(メインクーンだし、3〜4年前に心臓の雑音を指摘されたので)を飲んでいる経緯を救急の先生に伝えたけど、メインクーンだけが原因でもないし、薬を飲んでいたからといって防げるものでもないそう。
診察台でウンチが出てしまう。2時間近く前にそこそこ出ていたけれど、やっぱりまだ出たかったんだ。
最近、最初は堅めでその後は下痢に近い状態で出ていたのを心配して、先生とあれこれ薬の量を調整していたのだけれど、こんなときに嬉しい状態の形のある良い便が出た。

動物救急は、午前3時までで、そのまま入院させても、ずっと監視していることができないので、朝になって死んでいるかもなのと、現在チャイ自身も身体が動かないことでパニックになっているので、心臓ばくばくで、心臓への負担が危惧されるので「おうちにいた方がいいと思います。明日の朝1で病院に連れて行ってください」と先生に言われ、私も納得して家へ戻る。

でも、家にワタシがいるときでまだよかった。
心筋症は本当に突然くるそうで、気づかれないまま亡くなってしまうコも多いとか。
昨日までのここ数日は、ずっとこの時間家にいなかったので、それを考えるとぞっとした。

9月26日1:45
その後ずーっっとハアハアし続けてヨダレだらだらで、チャイ自身、動けないことにパニックになっていて、玄関にタオルを敷いた場所でのたうち回り、1時間半様子を見ていたけれど耐えられなくなってまた救急に電話をした。
さっき看てくれた先生が出て、相談にのっていただく。
「24時間看てくれる病院に連れて行くことで、何か可能性はあるでしょうか?」と聞いてみた。
先生の答えは、一番近い24時間の病院までも結構ある。移動の距離の負担が心臓に大きすぎると思う。でした。

症状に変化がないのは、皮下注射なので、まだ薬が効いてないせいだと思うので、もう少し様子を見た方が良い(部屋を涼しくする、動かさない、ワタシが側にべったりだと興奮するかも)。心臓への負担軽減のためにオシッコが出るように利尿剤を打っているのだけれど、このままオシッコが出ないようだったら、またもう少し利尿剤を増やし、酸素吸入をしに行きます、と言われました。2:30にまた電話することにして、クーラーガンガンにして、玄関にチャイを寝かせ、下半身はなるべくタオルをかけ(すぐとっちゃうけど)の状態に。

9月26日2:20
2:10頃、少し呼吸が落ち着いてきたかな?と思っていたら、2:20に救急から電話。
容態を伝える。
ちょうどこの電話のタイミングで、呼吸もハアハアしなくなって、やっとヨコ倒れで寝られるようになってきたので、今動かすと、また興奮して負担がかかるので、薬が効いてきているのでこのままの方がいいと思うが、再度往診するか飼い主さんが決めてください。と言われる。

どうすることもできないので、チャイの負担を減らすには、このまま朝まで耐えるしかないと思ったので、そう決断。シッコはまだこの時点で出ていない。

9月26日2:50
また少し呼吸が荒くなる。
必死にもがいて動こうとするのでなだめていると、トイレの方をずっと気にしている。
「ここでしていいよ」と言っても通じず。。。
あんまり暴れるからトイレに抱っこしてそっと連れて行くものの、後ろ足が立たないので、シッコの体勢にもなれず、なんだか逆にチャイにショックを与えてしまったみたい。。。
すぐにまた元の体勢に戻す。

9月26日4:00
呼吸は落ち着いているが、時々鳴く。
痛いんだろうなぁと思う。声をかけて時々なでてあげることしか何もできないことが悲しい。
病院まであと5時間ちょっと。

9月26日5:00
またもぞもぞ動きたがるので見に行くと、シッコをしていた。
気持ち悪くて移動したかったみたい。
すぐタオルをとりかえて、チャイの位置を移動。なるべく滑らないように、裏がゴムになっているラグマットを玄関に敷く(もうボロだし)。これだととりあえず前足だけで若干自分で体勢を変えられる。

9月26日5:15
そのまま様子をヨコでそっと見ていたら、急にぺろぺろし出した。
あれ、もしかして吐き気?と思ったら、そのまま夜食べた消化されたゴハンを吐いてしまう。

9月26日7:30
また鳴いて、もぞもぞ動き出した。
見に行くとまたシッコが出ていた。
今度はさっきの滑らないラグマットの上でしてしまったので、今度は家の中の滑り止めシートを思いつき、これを敷いてからその上にバスタオルを置き、そこへチャイを移動。
動かすとやっぱりちょっと足が痛いらしく鳴く。ごめんね。
あと病院まで2時間切った。がんばれチャイ。

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