« チャイ: 2009年9月 | チャイ: 2009年10月 Archives | チャイ: 2009年11月 »

2009年10月 4日

やっと…

写真を飾りました。
昨日まではお骨のまわりにお花がいっぱいあるだけで、写真を選んで飾ることがまだ気持ち的にできなかったのですが、これでやっと少しは形になったかも。
まだ仮の場所なんだけれど。

091004.jpg


ココに延々書き続けることによって、自分自身を客観視し、自分の精神を保ててきたと思います。
実はもうちょっとワタシは泣き続けて凹みまくると思っていたのですが、こうして書くことで1つ1つの出来事を冷静に受け止めることができたような気がします。
仕事が忙しかったのも、ワタシにとっては良かったことのようです。

まだこうしてチャイの写真を見ると泣いてしまうけれど、チャイがいなくなってしまったのは、ずっと昔のような気がします。
明日からまたたまっている仕事に集中します!
ココに書く頻度が少なくなってきたら「元気になったんだな」と思ってやってください。
ひとまずこれでチャイのことは終了します。
今まで本当にありがとうございました!

2009年10月 3日

「看取る」ということ

今日はチャイの病院に行って、お世話になったお礼と、未開封で使わなかった介護セット(注射器とか針とか流動食とか)を引き取っていただきました。
担当先生がやさしく迎えてくださり、色々と話をしました。

その中で、ずっとワタシが引っかかっていたこと、最期を「看取る」ということについて。

ワタシの場合は、入院させたときに「今までの猫たちが病院で死んでしまったので、どうしようもなくなったとき、チャイは手元で看取りたい」と、前もって先生に伝えていました。
なので、最期は病院から引き取ってきたのだけれど、先生曰く「どんなにそのコを愛している飼い主さんでも、連れて帰って最期を看取ることができる方は少ないんですよ。すごく勇気のいることだから」って。

これは「看取る」ことを経験して、つくづくワタシもそう思いました。
覚悟を決めていたワタシだって、実際には想像以上に勇気が必要だったし、苦しむチャイを前に途中で逃げ出したくなりました。
耐えられなくなって動物救急に電話をし、発作を起こしたときに診ていただいた先生にたまたま相談できる機会に恵まれ、先生に勇気づけていただけたから乗り越えられたと思います。
確かにチャイは家に帰ってこれて安心はしたと思うし、ワタシが側にいることも認識していました。
でも「苦しい!カアチャン助けて!」と言われても何もできなかった。
今はこの時のチャイの様子がフラッシュバックしてきて苦しいです。
苦しいけれど、一方で、これは後悔ではなく、どうしようもなかったことと納得できるワタシ。
でもそう考えると結局チャイの気持ちをただ人間のワタシが勝手に解釈して、悩んだり安心したりしているような気がしてきました。

何が言いたいかというと、「看取る」ことだけが飼い主としての全ての責任を果たした行為ではないということ。
看取らなかったから可哀想だった、ではないということ。
どっちに転んでも、それは人間の感情で左右されてしまうことだから。
最期の瞬間ではなく、それまでの一緒にいた時間がいかに充実していたかが、そのコと飼い主との関係の中で一番重要だということを再認識しました。
病院で亡くなったロビやマロも決して可哀想だったわけじゃない、と思えるようにもなりました。

チャイが亡くなる前の日、英会話学校の先生の最後のクラスでした(突然、日本を去ることになった)。
その日は授業のあと、お別れ会が開かれることになっていて、ワタシもクラスメートとサプライズプレゼントを計画していたのだけれど、チャイのことがあったので、10分だけ教室に顔を出し、先生に事情を説明しました。
先生もすごく心配してくれたんだけれど、「英国では、そうなってしまうとすぐ“put to sleep(安楽死)”よ」と言った。
たとえばケニアでは、「死」に対し、みんなすごく悲しむんだけれど、割り切りや立ち直りがとても早いと思う。
それは、やっぱりエイズとか、死が身近な日常にあるからなんだろうなぁと思ったりする。
日本人が考える「死」は、もっと引きずるし、当たり前のことなんだけれど、当たり前と受け取られにくいような。
これは、お国柄だけでなく、個々の考え方でもそれぞれだけど。

うーーん、ちょっと本来書きたかったことと方向がずれてきたような(^^;

つまり、我が子を看取るだけが全てではない、ということ。
ワタシは今回チャイを看取ることができたけれど、それが絶対的なベストな方法ではないということ。
たとえば突然愛するコがそういう状態になってしまったら、看取る云々より、近づくお別れについての覚悟すらできてない状態。そんな状態で看取ることまでなんて、無理だと思う。

2009年10月 2日

あれから1週間

金曜日です。
チャイが突然心筋症になってからちょうど1週間でした。
「先週の今頃はこうだったなぁ」なんて思ったりもするものの、その日のことも、亡くなったのも、なんだかすごーーく昔のような気がします。

亡くなった日の朝1で病院には電話をして説明し、翌木曜日には病院に行くことを話していたのだけれど、昨日は行けませんでした。
仕事の締切がピークだったこともあるのだけれど、気が張っていた水曜日までとは違って、木曜日はどっと疲れちゃって、あちこち筋肉痛。
これは、酸素室をワタシの仕事机のうしろ、床にどーんと置いていたので、介護するのに床に這いつくばって変な姿勢でしなきゃだったせいだと思われます。
8時間おきの皮下注射や強制給餌など、すごい無理な姿勢でになっちゃったので、病院みたいに酸素室は立ったまま介護できるテーブルの上に載せればよかったかなーと後から思いました。
でも、床に置いて良かった点は、チャイの目線で一緒に横になれたこと、かな。

そんな肉体的な疲れだけでなく、昨日からは最期の数時間前からの様子がフラッシュバックしてきたり、日常生活の中のチャイとのルールに無意識にワタシが反応してしまったりが辛くて辛くて。
なので病院へは明日の土曜日行くことにしました。
今日は少し大丈夫になってきたし。
皮下注射セットや流動食など、まだ封もあけてないものが山ほどあるし、先生たちには電話ではおはなししたものの、きちんと感謝の気持ちを伝えたいので。


でも、ちょうど仕事があれこれたまっているので、仕事していれば忘れていられるので、ある意味助かっています。
で、仕事が一区切りつけば「この際、ケニアに行っちゃおうかな」なんてことも結構真剣に考えています。

こうしてちょっとずつあとは自分の気持ちを整理していくしかないんですね。
実際自分がこういう場面に遭遇し、つくづく色んなことを感じます。

今朝、ボストンにいるワタシの娘(正確には友達のコ)から大学生活の様子を知らせるメールがありました。
彼女は小さい頃からずーっとチャイのファンでいてくれて、8月にも帰国中の忙しい中、チャイに会いに来てくれました。
メールには「チャイにもよろしく!」とあり、ワタシはまたうるうる。
今週末には彼女にも知らせなきゃ、と思っていたところだったので、一足先にチャイが知らせに行ったのかもしれません。
本当にチャイはみんなに可愛がっていただき、幸せ者だったなぁと思います。

« チャイ: 2009年9月 | チャイ: 2009年10月 Archives | チャイ: 2009年11月 »