2006年9月12日

9.11

September eleventh.
5年前のあの日から5年。

あの日、私がニューヨークでの出来事を知ったのは、会社で見たネットのニュースだった。
写真が出ていて、その意味は全く理解できなかった。
程なくしてラジオとかでも速報が流れ、あの映像は帰宅途中の車の中で見た記憶がある。
なぜか私の記憶に残っているのは、小滝橋通りと職安通りの交差点。
たぶん、そこを通っていた時に、あの映像を見たのだと思う。

家に帰ってテレビをずっと見ていた。
どう考えても目の前の映像は映画の一場面にしか見えなかった。
これが現実に起こっていることだということを理解するにはあまりにも信じがたく悲惨な光景だった。
映像として私の記憶の中にあるものの中で、もっとも最悪なもの。
今年も9.11が近づくにつれて、あの日の映像がテレビの画面から何度も流れ、そのたびに胸が苦しくなって、反射的に涙がごぼれる。
コトバではうまく説明できないけれど、身体が反応する。
この身体の反応は退化させてはいけないことだととても思う。

今日、TBSの「NYテロ 5年目の真実」を見た。
2時間であの日の出来事は語れないし、伝え切れていなかったと思うけれど、見て良かった。
司会の筑紫さん曰く、「2001年9月11日、あのテロの記憶とともに世界中の人があの日あのとき、自分は何をしていたかという記憶を持っている。そういう日は今までなかった」と言っていた。
確かにそうだ。私もあの日、あのときの自分の記憶が残っている。
たとえば1年前の自分の誕生日や結婚記念日の記憶なんて全くないのに。

大きな事件や日本人が巻き込まれた時しか日本のニュースはあまりとりあげないけれど、世界でテロは毎日のようにおきている。
本当は誰もが家族と平和な暮らしをしたいはず。
何もできないけれど、9.11のことを忘れず、考え続けたいと思った。

コメント(2)

9.11 あの夜、私はドラマを付けっ放してベッドの上で壁にもたれながら東京の友達と電話してました。2人とも急にTVの画面が飛行機が突入する場面に切り替わったので ほぼ同時に「あ、間違ってリモコンでチャンネル替えちゃった・・?」となりました。現実と知って電話を切ってTVに見入ってからハッ!として親に電話。アメリカの兄の無事を確かめるのに家族全員、大騒ぎでした。

たった何日か前の晩ご飯でさえ思い出せない時が多いのに この事件もサリンも私には衝撃的で今も身体が反応します。忘れちゃいけないことだよね。本当に。

家族がアメリカにいると、なおさら不安だったでしょう。
うちもL.A.の大地震の時、弟夫婦がいたから大変でした。
サリンの時の記事、読んだよ。
危機一髪だったのね。

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