2007年2月12日

命の重み

常盤台駅で自殺志願者を助けようとした警察官、宮本さんが亡くなったニュースを聞いた。
本当に本当に残念。

先月書きそびれだけれど、納品に行こうといつもの駅で電車に乗った途端「ただいま○○駅(うちの2つ隣の駅)近くの踏切で人身事故が発生しました。ご迷惑をおかけしますが、全線運行を見合わせます。」と放送がはいった。
30分後に「5分後に運転再開見込みです」と放送があった後、今度は待機させられていた他の急行電車内のお客さんが体調不良になって、そちらの救護のためにもう少し運転再開は遅れると放送があった。
結局、40分後に運転は再開された。

なんか最近とくに人身事故が多すぎやしませんか?
死にたくなる気持ちは理解できるつもりだけれど「自殺はぜったいダメ!」と思っているワタシ。
まして助けようとした人の命を奪うことになったり、電車に飛び込んで多くの人に迷惑をかけたりすることは論外。電車や公共の機関に迷惑をかけない死に方をしたとしても、家族や友達、まわりの人に迷惑をかけることになる。
死を選んじゃうって、そういうことも考えられなくなるんだろうか?
子供の自殺は、親が命のことをちゃんと教えていないからだと思う。
大人の自殺は、自分のことしか考えられないからだと…思う……、と書こうと思ったけれど、もっと複雑なのかな?
知り合いでも自殺しちゃった人がいるので、あまり自殺者を全て否定的には言えないけれど…。
でも、辛くても生きていればぜったいリセットがきくと思う。
死んじゃったらリセットではない、終了だ。

「自分の人生、山あり谷ありじゃなくて“谷、谷、谷”ですよ〜」と、笑いながら言った人がいたけれど、“谷、谷、谷”と本人が思ったとしても、見方を変えたり他人から見れば“谷、谷、谷”ではなかったりする。
てっとりばやく言うと、今世界のあちこちで戦争や病気や飢餓などで苦しんでいる人たちと自分の“谷、谷、谷”な状態を比較してみる瞬間をもつべきだ。
今の自分の立ち位置でじゃなくて、地球レベルで見渡して、それでもやっぱり「自分は自殺を選ぶ」というのならしょうがない気もするけど。

ちょっと重いテーマで考えてみた1日。

コメント(2)

仰せのとおりだと思います。全く同感。

日本人であるならば、生きている以上は必ずイイ事に出会えます。「出会えない」という人は努力していないだけ。ソマリアでも行ってくれば、自分がどれだけ恵まれているかわかるはず。

どうせ人間いつかは死ぬんだから、それまでの間、精一杯楽しむべく花のように生きていこうじゃありませんか(まとめ)!!

さらに じゃんぼさんに同感!
こういう意見が連鎖していって、無駄な自殺がなくなるといいよね(^-^)

ところで、じゃんぼさんの意見そのまんまの本を、ワタシもこの記事を書いたあとに知りました。

「貧困の光景」曾野綾子著
早速手に入れたので、読んでみます!

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