タイムスリップ
チャイのお薬をもらいに、普段は車か、バスと電車を乗り換えていく病院に歩いていってみることにした。
病院までの道のりの途中には、ワタシが8歳まで過ごした思い出の場所がある。
先日、当時可愛がってくださったオバサマのお葬式に出席し、なんだかとてもあの頃の自分と今の自分がつながっていることを確認したくなったのだ。
ワタシが通っていた幼稚園。
かすかな記憶の中では、とても大きな園庭だったのだけれど、小さな可愛い幼稚園だった。
2年生までいた小学校。
学校名は一緒だけれど、記憶にはまったくない。
ちょうど生徒達が帰宅する時間で、校門にはガードマンのおじさん、近辺のあちこちには“みどりのオジサン”(オバサンではなかった)。
写真を撮りたかったけれど、あやしい人に思われそうだったのでやめる。
よく遊びに行った記憶のある公園を突き抜ける。
ここもすごく大きい公園というイメージがあったけれど、大人の目線ではそんなに大きくない。
でも、子ども達やそのお母さん達、お年寄りで賑わっている公園だった。
公園のすぐ近くに、ひときわ目立つプラネタリウムを発見。
杉並区立科学館と書いてある。当時はなかったはず。
調べてみたら、ノーベル賞受賞の小柴昌俊氏はここの名誉館長なんだって。
小柴さんの常設展をやっていた。今度ゆっくり行ってみよう。
今でも当時住んでいた番地を覚えている。
なので、ところどころにある番地表示を見ながら目的地に向かう。
記憶の数字に近づくにつれてドキドキした。
8歳の時以来はじめて行く場所。
そして、ついにたどりつく。
その番地には、駐車場と何軒かの建て売り住宅が建っていた。
当時のワタシの家は大家さんの老夫婦のおうちの敷地内に建つ小さな平屋だった。
敷地内には大家さんのおうちと、大家さんの息子さん夫婦の家、そして賃貸の我が家の他に、家一軒分はある敷地のバラ園があった。
大家さんのおじいさんがバラを育てていたのだ。
我が家の前にも小さな庭があり、門から玄関の間に大ツツジの花が咲いていたことを思い出す。
雪が降ると、庭にカマクラを作った記憶もある。
・・・そんなめぐまれた環境だったワタシの思い出は、まったくそこにはなかった。
当然といえば当然なんだけれど。
でも、ワタシの家のあった場所の前には、オバサマの家が変わらずに残っていた。
眠っていたワタシの記憶がふつふつと蘇る。
でももうそこに主はいない。
全ての雨戸がしめられ、その家はひっそりとそこにあった。
思わず泣きそうになった。
いつも車で通っていた通りからココまでの距離は100mとなかった。
こんな近くにワタシの大切な場所があったということをやっと知った。
↓杉並区立科学館

↓軒先に猫さん発見



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