「沈黙を破る」
木場のカレーを食べた後、「今日は徹底的に休み!」と決めたので、「沈黙を破る」というドキュメンタリー映画を観に行った。
うーーーん、まだうまく説明ができないんだけれど、すごく衝撃的なものだった。
もう一度観たいと思ったし、もっと知りたい、知らなきゃと思った。
なんのドキュメンタリーかと言うと、パレスチナ・イスラエル問題。
そもそもワタシはこの問題をよく知らない。
このあたりのことでなんとなく知っていたキーワードは、「ベツレヘム(キリスト生誕の地とされる場所。ワタシは信者じゃないけど中学から10年間カトリック系の学校だった)」「アラファト議長」「実家の近くにPLO大使館?が昔あった」「イスラエルによるガザ侵攻」くらい。
で、漠然としたものが「知らなきゃ」に変わったきっかけは、村上春樹氏のスピーチ(2月16日参照)だった。
イスラエル・パレスチナ問題の背景くらいは知りたいと思い、なんとなく調べたりはしたものの、よくわからない。
これを知るには双方のそしてもっと世界的レベルの知識がないと無理なのかなーと思って挫折。
そんな折、J-waveでこのドキュメンタリーのことを知り、観に行った。
相変わらず知識のない状態でみた映画。
でもすごく色んなことを考えさせられ、何か行動しなければいけないなぁ、と思う。
行動とは、もっと知ること、伝えること、自分自身を見つめ直すこと、などなど。
まだどうすればいいのかわかんないけど。
「沈黙を破る」は20年近く取材してきたジャーナリスト、土井敏邦氏の監督作品。『届かぬ声─占領と生きる人びと─』の第4部にあたるらしい。ワタシが観た「沈黙を破る」は、2002年3月、パレスチナの難民地区がイスラエルによる攻撃(占領下)に合う状況を伝えていた。
登場人物は大きく分けると“パレスチナの人々”、“イスラエルの元軍人”、“イスラエルの一般人”、“アメリカのボランティア女性”。
ドキュメンタリーなので、余計にリアル感が伝わってくる。
イスラエル軍に包囲されるパレスチナ難民区(イスラエル占領地区)。空爆もおこる。どうすればここまでぐちゃぐちゃになるんだろうと思われる居住区。ぐちゃぐちゃの中の血の海。攻撃で命を失ったパレスチナ人の遺体。泣き叫ぶ家族。7歳のパレスチナ人の子供が「大きくなったらイスラエル首相に対して自爆テロをする!」と淡々と答える映像。イスラエルの占領下におかれたパレスチナでは、目の前の友の遺体が戦車によって踏みつぶされていっても何もできない現実。。。
一方イスラエル側は、パレスチナによるテロの脅威にさらされている。占領地区における自国民を守るため、派遣されるイスラエル兵士たち。
タイトルの主役は彼らだ。国を守るため、家族を守るために派遣されるものの「根本的なことが違うのかも」と考える彼ら。でもそれを考えてはいけない、とあえて自分を“無”にする。目の前で悲しみにもだえるパレスチナ人を見ても、そしてその悲しみに共感できても、あえて“無”であり続けなければいけないイスラエル兵士たち。
イスラエルの一般人たちは、兵士たちの苦労をねぎらいながらも“国のためテロリストを排除する英雄”として祭り上げる。“沈黙を破った”イスラエル兵士たちは、自分の母親の息子に対する感情ですら「それは違う!」と訴える。
その訴えは、国家の方針によってうやむやにされていく。。。
冒頭でも書いたとおり、ワタシ自身まだ全然よくわかっていない。
ただわかるのは、どちらも自分や家族、友人を守らなくては、の気持ちでこうなってしまっていること。
そしてこれは、パレスチナ・イスラエルの問題だけでなく、アメリカのイラク・アフガニスタン侵攻や日本の自衛隊派遣で今後おこるであろう問題も映し出しているんだろうな、ってこと。
村上春樹氏が“壁”と“卵”で表現したスピーチの意味が少しだけわかった気がした。
誰だって“壁”や“卵”になってしまう。
往々にして経済力がある人・国は“壁”になりがちだけど。
最愛の娘をパレスチナ人のテロで失ったイスラエル人の父親が「復習しても娘は帰ってこない。でも、この気持ちとどう向き合えばいいのか。考えに考え抜いた末に言えることは、武力をもっての解決からは何も生まれない。むずかしくても話し合いを重ねるしか方法はない」と言っていたのがとても印象的だった。
↓「沈黙を破る」の予告編


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