最近
3週間ちょっと過ぎて、少しずつチャイのいない毎日がワタシの日常になりつつあります。
チャイとの生活での些細なルールに反応しちゃう部分(外出先から帰ってきたとき、ドアを開ける瞬間に「来てるかな?」と思ったり、夜7時になると「チャイのごはん!」って思ったり、街の花屋さんで安くて元気な猫草を見つけて「あっ!」って思ったり、などなど)は、だんだん落ち着いてきたけれど、ワタシと同じ時期、苦しい思いをしている人たちにいつも以上に目が向いてしまっていました。
“日本一有名なブログ犬”とも言われる富士丸くん(富士丸な日々)が、チャイが旅立った翌日、突然亡くなったそうです。
ワタシはそれまで富士丸くんのことを知らなかったのだけれど、ひょんなことからこの訃報を知り、とても他人事とは思えず…。
飼い主である穴澤さんの富士丸くんへのメッセージを読んで、もう涙・涙・涙……。
文章へたくそのワタシは、チャイへのメッセージを代弁してもらったような気持ちでした。
あとは“人間”だけど
ふと読んだ「南田洋子さん入院」の記事に、泣いてしまった。
↓asahi.comの記事(記事はそのうち消えてしまうと思うけど)
http://www.asahi.com/showbiz/news_entertainment/TKY200910200473.html
南田洋子さんは数年前から認知症を患い、夫である長門裕之さんがずっと介護をしてきたそう。17日に体調を崩し、くも膜下出血と判明。出来る限りの治療をしたものの、洋子さんの病状は油断を許さない状況。残念ながらこの翌日洋子さんは亡くなってしまったけれど、亡くなる前日、その病状についての会見で長門さんへの質疑応答の一文。
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(以下引用/2009年10月20日 asahi.com)
――このまま植物状態が続くのか。
俺は何かを待っている。生涯で失いたくないものを失う時間を待っているんです。いま動いているのは、人工呼吸器で自発的な呼吸ができない中で、心臓を動かすためにいろんなことを行っているが、現状はどんどん、どんどん、それを待っているのがつらい。ものすごい無情を感じる、そんなバカなことはありえない。
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まさにワタシもこの気持ちだった。
最期の数時間、チャイが死ぬのをワタシは待つしかなかったから。
「待つ」という意味は「来るはずの人や物事を迎えようとして時を過ごす」(広辞苑)とある。
他の辞書をどんなに見ても、そこに書いてある言葉は「期待する」や「望みを持って」の気持ちが含まれている。
期待も望んでもいないことなのに、ワタシは待った。
そしてその理不尽な気持ち…今まで味わったことのない気持ちは、まだ自分の中で整理できないでいるみたい。
10月4日に亡くなった中川前財務相の突然の死も色々なことを考えさせられた。
政治家として国内外から注目されていた人の突然の死。
それも家族は同じ家の中にいても気づかれずの死。
その日見たBBCでもトップニュースに掲載されていた。“酩酊会見をした日本の元財務大臣死去”と。
さぞかし無念だっただろうなぁと思う。これから汚名挽回して…のはずだったのに。
そして、ワタシの母方祖母の最期の話を親から聞いた。
90何歳かでいわゆる“大往生”だったのだけれど、最期のことを詳しく聞いたのはつい先日だった。
すでにできることは、延命するだけの治療。
でも、そのためにすでに自分の意志のないおばあちゃんのカラダは、パンクしかかっていた。
母や叔母たち姉妹は、その姿を見るのが耐えられなかったという。
でも“人間”に“安楽死”は日本の法律上認められていない。
そんな状況を経たおばあちゃんの死。
「死」ってなんだろう?
裏返せば「命」ってなんだろう?になる。
これは、人間も猫も犬も生命あるもの全てに問われることだと思う。
命が生まれることもすごく神秘的というか考えるべきことなんだけれど、命が消えるときの方がその命の関わり方というか感情的なものがたくさん上乗せされている。
その“命”が関わる別の“命”(家族とか友達とか)が大きければ大きいほど、多ければ多いほど(質や量が微妙に関係してくると思う。だって、セミの誕生から死って、悲しいかなそれほど人のココロを動かさないとワタシは思うから。そういうものだって思っちゃうから)ココロ乱れる人の感情はふくれあがる。
そう考えると、やっぱり“人”だからこの感情に苦しむのか?
でも、ワタシの知る野生動物たちもこの“残されたもの”の感情を持つ場合が多い(ゾウとか猫科動物とか猿とか)。
そう、残されたものの感情。
これを大切に思うべきなのかな。
死期の迫った動けない人、そして犬や猫、命あるものたちは自分で自分を殺す“自殺”という手段が選べない。
ワタシの目の前で懸命に生き抜いたチャイから学んだことはとてつもなく大きい。
絶対忘れてはいけないこと。


こんにちは。
まだブログには書いてないのですが、
昨日えりすが亡くなりました。
症状や状態は違いますが、
チャイままさんと同じ状況です。
最後を看取る(まさに最後の心音を
この耳でききました)ことができて
猫も私たち家族も幸せだったと
皆がいいますし、私もそう思います。
でも、それとはべつに、チャイままさんの
この記事に書かれていること
(心の整理のついていない部分)が
とてもよくわかるのです。
そして、絶対忘れてはいけないこと、
というのも深く共感します。
おちついたらまたお邪魔しますね。
Posted by 有紀 at 2009年10月26日 11:04 | 返信
有紀さん
えりすクンのこと、あまりにもびっくりして、すぐにコメントがつけられなくてごめんなさい。
えりすクンとチャイはそっくりだったけれど、こんな悲しいことまで一緒になってしまうなんて…
えりすくんも有紀さんもとっても頑張られたのですね。
今の有紀さんのお気持ちを考えると、本当に胸が締め付けられる思いです。
心の整理には、どうやら時間がかかるようです。
有紀さん、どうぞゆっくりゆっくり、お身体お大事にしてくださいね。
Posted by チャイまま at 2009年10月27日 01:37 | 返信
また来るといいながら、今になってしまいました^^ゞ
ご心配をおかけしました。
四十九日もすませ、ほとんど立ち直ってます^^
年末にソマリを迎えることになりました。
今頃チャイくんとえりす、親戚同士仲良くしていると思います^^
ところで、久々にお邪魔したら、ケニア!!
お話をきかせていただけること、楽しみにしてます♪
Posted by 有紀 at 2009年12月14日 15:10 | 返信
>有紀さん
こちらこそ、その後ブログに遊びにいけてなくてごめんなさい!
ソマリちゃんが家族になるのですね! おめでとうございます〜(^o^)/
年末って言ったら、もうじきですね!
ワタシもだいぶ立ち直ったけれど、まだ新しいコは無理かなぁー。
そうなんです、ケニア好きなんでこれから旅行も行きたいし…(^^;
ソマリちゃんのブログ登場も楽しみにしていますね!
Posted by チャイまま at 2009年12月15日 00:45 | 返信