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2010年3月25日

ネルソン・マンデラ氏の自叙伝

2月17日に観た「インビクタス」(2010年2月23日記事)の影響で、「自由への長い道〜ネルソン・マンデラ自伝〜」ってのを図書館で借りて読んでいます。
ネットで予約したコレを受け取りに図書館に行ったら、想像以上に厚く("上巻"だけで430ページ。4cmくらいの厚み)、ちょっとおののいたものの、これがすごくおもしろい!
おもしろい、って表現はちょっと語弊があるかな。読みやすいし、今まで漠然と知っていたマンデラさんのこと、アパルトヘイトのことがすごくよく理解ができる。今やっと下巻突入。

アパルトヘイト...。これは南アフリカにおいて1948年法制化された、
人種隔離政策(白人と非白人の権限を区別する)のこと。ここでいう"白人"とは、アフリカーナーと呼ばれる主にオランダ系移民。彼らは南アフリカへの開拓の後、英国からの攻撃で英国の支配化におかれたが、のちにアフリカーナー主体の国民党が政権を担う。
政府は次々に白人(アフリカーナー)と非白人(黒人の他インド人やカラードと呼ばれる人たち)の隔離政策に走る。
非白人(特に黒人)は、白人より"そもそも劣る存在"とされ、職業も住居も教育も日常生活のあらゆる場面で制限がされる。政府の政策の1つに、民族ごとに居住地を定める法律があった。民族の認定の仕方は、ただ肌の色だったとか。「濃い黒」「薄い茶色」という曖昧な判断だけで、政府から「おまえはあっちに住め」「おまえはここに住んじゃダメだ」と言われる。これは、非白人の家族内でも分断されたとある。
政府は白人(アフリカーナー)300万人に対し南アフリカ全土の83%の土地を与え、800万人の非白人に対し、国土17%の中で生活しなさい、という法律を制定する。黒人には、権利が何もない。能力があってもつきたい仕事につけない、住みたい場所に住めない、教育も受けられない、言論の自由も認められない、夜の外出禁止令......。とにかく何でもかんでも黒人はしちゃぁいけないのだ。白人を"ご主人様"としていつもあがめ、逆らわない存在でいないといけない、というのがアパルトヘイト、と解釈した。

以下、同書からの印象的な場面を引用。

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ある日、事務所の近くで、年配の白人女性の運転する車が、二台の車にはさまれているのを目にした。わたしはすぐに駆け寄って、車を押してやり、窮地を抜け出すのを助けた。英語を話すその老婦人は、わたしのほうを向いて「ありがとう、ジョン」と言った。ジョンというのは、白人が名前を知らないアフリカ人を呼ぶときに使う名前だ。婦人は、そして、六ペンス硬貨を差し出したが、わたしは丁重に受け取りを拒んだ。それでも婦人が硬貨を押しつけようとするので、わたしは要らないと言った。すると、婦人は大声で「六ペンスを受け取れないの? きっと一シリング欲しいんでしょうけど、あげるもんですか!」と叫び、硬貨をわたしに投げつけて、走り去った。
「自由への長い道」上巻P216/ネルソン・マンデラ著/東江一紀訳/NHK出版
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南アフリカに限らず、今も世界のあちこちで、こういう問題は起きている。肌の色の違いの他、宗教、民族間、格差での問題だ。
こういうことが世界でおこっていることは知りつつも、日本人であるワタシにとって、それを実感することはすごくむずかしい。
もっと知らなきゃいけないな、と思う。知った上で自分がどう思うか、どう行動するか(別に現地に行かなくったって、行動の範囲は様々)が重要だと思う。
昨今の世界的な経済恐慌において、みんな自分のことで精一杯。日本のメディアも海外取材の予算が削減され、なかなかこういう世界の現状を伝えづらくなっていると聞く。一方、こういう問題に現在も直面している人たちは、自分たちの力だけでは解決できないため、世界に向けて現状を告発し、世界の世論によって国が動くことに期待する。
印象的だった映画「ホテル・ルワンダ」のある場面。

ルワンダ人「この現状を世界が知ってくれたら、絶対世界の人々はルワンダを助けてくれるはず」
欧米ジャーナリスト「そうであってほしいと思う。でも、多くの人々は、いつもどおりの夕食を食べながら"ひどい話だね"と会話し、翌日にはそれを忘れてしまうんだ...」

耳が痛かった。ワタシもそうだ。ほんの数秒テレビで見たニュースに自分が何ができるんだろう? 実際知ったからと言って何か行動におこせることは少ない。でも少なくとも"知ること"は重要なんじゃないかな......。

そんな解決の糸口も見えない状況で、マンデラさんの本を読むワタシ。
本はベッドに入って数分ずつでしか読んでいないので、上巻は、あっという間に図書館の期限である2週間が過ぎちゃった。
1週間の延長後、なんとか上巻はクリアして下巻に無事突入したけれど、この本を読みたいと思う数名の予約が入っている模様。「インビクタス」の影響なんでしょうね。

自由への長い道―ネルソン・マンデラ自伝〈上〉
自由への長い道―ネルソン・マンデラ自伝〈上〉Nelson Mandela

日本放送出版協会 1996-06
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2010年3月18日

最近の歯医者事情

新しい歯医者さんに通い始めて今日で5回目。
以前の記事(2010年2月15日「ヒマなので」)にも書いたけど、ワタシにとってはほぼ人生2件目の通院する歯医者さん。
なんか今までの歯医者さんとあれこれ違って、どうしていいのかよくわからない...。かといって、「人生2件目の歯医者さんなんです!」と先生に言うのもなぁ...、と、まだ告白はしていない。

先々週抜いた親知らずも全く問題なく終了(翌日からビール飲んだ)。さらに残る最後の1本の親知らずを抜かなきゃなのだけれど、これはもう少し時間をおいて、ということで、今日は違う虫歯の処置をすることになっていた。

先生がいきなり「今日治療する歯は神経があるので、麻酔をしますね」と言った。
ええええーーっ? 麻酔???
今までの歯医者さんでは抜歯か、どうしようもなく神経を抜かなきゃいけない時しか麻酔なんか使わなかった。
なので、まさか麻酔されると思ってなかったので、今日は歯医者のすぐあとにこれまた今日で5回目の加圧トレーニングの予約を入れちゃっていた。だ、だいじょうぶだろうか...。
先生に相談したら、普段のワタシの血圧の状態などを聞かれ(ワタシの血圧は普通)、念のため麻酔の量を半分にして治療することになった。

まずは麻酔。「気分が悪くなったら、手を挙げてくださいね」と先生。
針を刺している間も「はい、もうちょっとです。角度がちょっと変わります」とか色々言ってくださる。
麻酔が効いて一気に行くのかと思ったら、「まずは今ある金属を取ります。まだ歯は削らないですからね」「はい、ちょっと力かかります」とか、いちいち状況を言ってくださる。が、全然へっちゃら(だって麻酔かかってるしね)。
で、いよいよ治療に。
「これから削りますが、神経のぎりぎりまで虫歯が来ています。神経に触れるとやっぱり痛いかもなので、痛かったら手を挙げてください」と先生。
「痛かったら手を挙げていいんですか?」と再確認するワタシ。
なんかちぐはぐだなぁ。だって、今までの歯医者さん、普通の虫歯治療で麻酔なんか打たなかったし、有無を言わさず「痛みに耐えてね」って感じだったんだもん(^^;

ちょっとだけ痛い(ような)瞬間があったので、小さく「うっ」と言ってみた(手を挙げる、という行動に慣れてなくて、手なんか挙がらなかった)ら、「あ、痛かったですね。ごめんなさい。神経の際だったので」と先生。

その後も「はい、鎮痛剤入れます。ちょっと変な味がしますよ」とか、「はい、上にかぶせますね。ちょっと苦い味がしますよ」と、説明してくださる。
変な味も苦い味も感じずに終了。

治療が終わって思ったこと。。。
なんか全然いい!新しい歯医者さん!!!
麻酔打つことがいいのか悪いのかは別として。

その後すぐに加圧トレーニングへ。
麻酔が効いているので、くちびるがぶわぶわ。一応トレーナーの先生に「今歯医者で麻酔打たれてきた」と申告してみる。

トレーナー「あ、歯医者さんって、じいさん系ですか?最近系ですか?」
ワタシ「前はじいさん系だったけど、今はワタシよりちょっと若いくらいの先生、なんか前と全然違う歯医者」
トレーナー「そうそう、最近系はすぐ麻酔なんですよね。昔は治療の痛みに耐えて当然!だったけど」

あー、そうか。今ってこれが普通なんだ。
トレーナー先生曰く、無痛分娩と同じだそう(先生3人の子持ち)。出産時の無痛分娩が良いかは別として、虫歯治療の現在は、痛みなく、が一般的なんだって。知らなかったのってワタシだけ?

2010年3月 2日

猫里親サイトについて

なんとなーく、なんとなーく、最近"猫の里親サイト"が気になっている。
でもまだ正直言って、新しい猫を迎えることはぜったい無理。
「チャイ以上の猫はいない」「またふたりっきりで濃厚な関係になりすぎて悲しい思いをするのはイヤ」がメインな理由。
でもって里親さんサイトをよーーーく見てみると、今までかかった医療費に対しての援助をお願いします、という遠回しな表現があちこちに見られ、少々辟易。お金がいくら、っていうことが問題ってわけじゃなく、その態度がイヤ。

ボランティアさんとして、不幸な猫さんたちを保護してお世話をし、里親探しをしてくださる方たちにはとてもアタマが下がる。
"猫好き"を公言しつつも何もできないワタシにとって、そういう方々の行為を尊敬しつつ、余裕があれば自分はそういう行為できないけれど、ほんの少しでも金銭的な寄付ができれば...、と思う。もちろん全然できないんだけれど。。。
ワタシの寄付の優先順位は、こういう方たちには申し訳ないけれど、そして日本の野良猫さんたちには申し訳ないけれど、ケニアの野生動物保護の方が優先される。これは猫好きでもしょうがないの。ワタシはそういう考え方だから。

新しい猫を"里親"として迎えたいと思ったとき、結構このへんがネックになることに気づいた。
確かに最近は"一生可愛がります!"と言って、里親募集の告知からもらった猫を虐待したり、せっかく保護してくださった方々の期待を裏切る行為に及ぶ報告もあることは知っている。
でも、それが故に条件を高く掲げ、医療費の負担も強要する里親サイトはいががなものか、と思ってしまう。
今回のアメリカでのトヨタ問題のように(この問題以前のトヨタの体質のように)、守りの姿勢ばかりで、本来の目的をはき違えていることになってはいないか?

えらそうなことは言えないけれど、ワタシと当時の同僚も子猫を保護して里親さんのもとにお嫁入りさせたことがある。
お嫁入り先の家庭環境は気になったけれど、さりげなくリサーチしたつもりだ。そして、子猫を渡すまで相当医療費はかかったが、それを里親さんに負担してもらおうなんて全然考えなかった。
ワタシたちはたまたま1匹の猫を保護し、その子の幸せだlけを考えて突き進んだので、里親に出す前にたくさん医療費もかけてお嫁入りさせたけれど、それを里親さんに負担してもらおうなんて全然考えていなかったし、実際1円もいただかなかった。
全くそれでよかったと思っている。
それをしたのはワタシたちの自己責任。気持ち。

でも、昨今の里親募集サイトを見ていると。うがった見方かもだけれど、猫を保護し、手厚く医療を受けさせ、さぁ、里親募集します! 避妊・去勢手術もワクチンもすんでいます。猫エイズ等の検査も済んでいます。里親さんになっていただける方の条件はこれこれです。そして最後にやんわりと「医療費の負担をお願いします」とか「里親さんになってくださった方から医療費の寄付やプレゼントをいただきました!」の記載があるのをみると、ちょっとワタシはうんざり。。。
これだけで問い合わせたい気持ちが萎える。
猫を保護して、それにかかる医療費が大変なのはすごくわかる。
でも、お金の話をした途端、すごく醒めるのよ、こちらは。
だからワタシたちは子猫をお嫁入りさせるとき、そういう話はしなかった。そういうことは大変だけれど、そういう土台を作った上で里親さんになってくれる人が現れればいいな、と思ったし。

以前、知り合いのオジサマから「チャイまま、猫飼いたいから"里親サイト"との仲介役やって〜」と言われたことがある。
オジサマは自分で"里親サイト"を見つけてきて、「何番のコがいいなぁー。チャイまま、まだ大丈夫か聞いてみて」とリクエストしてきた。
オジサマとはもう数十年のつきあい。オジサマの家では他にも数匹の猫を飼っていて、新しく猫を迎えても全く問題のない家庭とワタシが太鼓判を押せるほどのおうち。金銭的な問題も全くなし。少々ワケあって、ワタシが仲介したんだけれど...。
結果、里親さんサイトの張本人は、ワタシと仲介先のオジサマにぎらぎら疑いの攻撃。「なんであなた(チャイまま)が仲介になっているんですかっ!? なんで当の飼い主さんは名前・住所・家族構成などを開かせないんですか!?」などなど、すごい剣幕でメールが来た。
嘘もつけないので、正直に相手の対応をオジサマに話した。少し沈黙があったので、「なんか萎えちゃったでしょ?猫を飼いたい気持ち」とオジサマに言ったら、「チャイまま、察しがいいね。もういいよ、里親サイト。ペットのコジマで探すよ」という返事が返ってきた。
そしてオジサマはその後ベットのコジマでアメショーの女の子を購入し、もう数年たつけれど、その猫は超幸せお嬢様状態で今現在元気にしている。

これって色んな運だと思うけれど、ワタシとしてはやっぱり"里親サイト"に納得がいかない。
かわいそうな猫を保護し、里親を捜す行為には本当にアタマが下がる。それがどんなに大変な行為かはワタシ自身もわかるから。
でも、ほんの1歩、その行為がエスカレートして、本来のすばらしい行動からはずれる行為になってはいないか?
確かに手塩にかけて里親に出すまで育てた子をあやしい人に渡したくないのはわかる、医療費がたくさんかかっているのもわかる。
ただ、そこを強調してしまうと、ワタシからすればアフリカ関係のNPOやNGOを名乗って自分たちの利益追求している人たちと同じに見えてしまうのだ。

すごく大変な努力だと言うことは十分理解できるけれど、猫保護して里親探しする人は、医療費を里親に求めず、里親の身元調査もほどほどに(努力すれば、相手の人柄、手渡す前にわかるはず)やることができないものか、と思う。
もっと言えば、それができないんだったら、むやみに猫保護するなよ、保護するんだったら自分で責任もって終生飼いなさい、と言いたい。確かに日本の制度にも限界があるけれどね(アメリカの里親システムとかの話も聞いているので、余計そう思う)。

過激発言? 反論どうぞ受け付けます。めいっぱいこの件では反対意見の方と話し合いたいので。

そんなわけで、今のところのワタシは、そもそも新しい猫を受け入れることも無理なんだけれど、こういう里親サイトから猫を迎えることは皆無だと思っています。「あ、このコ可愛い!」と思うことがあっても。
もし、この先、やっぱり猫と暮らしたい、と思ったら、やっぱり知り合いの紹介からかな。今までかかっていた獣医さんとか、猫友達系とか。
あるいは、またブリーダーさんやペットショップから、と考えるのが1番すんなりいくかも。

里親さん募集をして努力されている方の苦労は本当にすごくわかるけれど、こういうこと、少し考えてみてくれたら嬉しいと思います。

--------2011年9月22日 追記----------
たくさんのご意見、ありがとうございます!
この記事を書いたてから1年半の時が過ぎました。
その後、私も多くの里親さんサイトを知ったり、譲渡会に行ったり(アンケートも医療費等も覚悟の上で)と色々ありました。そして今年(2011年)の3月に縁あって6歳の猫の里親になりました(こちらは猫ボラさん経由ではなく友人経由でしたが)。
ということで、この記事を書いた時の私の気持ちにも変化があります。もちろん書いたことには責任を持ちますが...。
ということで、以下のコメント(いただいたコメント&ワタシのコメント)を読んでいただいた上でのご意見を「猫里親サイトについて Part2」にて受付中ですのでよろしくお願いいたします。
※この記事の「コメントを許可しない」に設定しちゃうと、いただいた貴重なご意見コメントが消えちゃいそうなので、設定はそのままにしています(^^;

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